こーだいなブログ

兵庫県在住フリーライターによる日常の思索のブログです

見解

どーも西原です。

 

 

 

 

ってやつね。もうやつねの意味わからん人もおるよね。ブログとかって最初は挨拶するよねってやつね。

 

 

 

自分の中のエネルギーがなくなってきて、色んなことが分からなくなっている。

というのが現状でありまして、感情の組成が上手くいってない。

というのが自身の見解でありまして、感情で生きているのかと問われれば案外そうで。

 

 

 

体から力の抜ける瞬間が多いなって如実に感じるようになって、力の抜けた、リラックスした状態っていう体のいいものでもなくて。

善悪に関する基準とか正しさみたいなものが欠落というよりは滑落してて。

それで磊落になってるわけでもやっぱりなくて。

 

 

 

 

 

 

考えるきっかけは芸能人って家族が死んでも会見開いて、心境を説明せなあかんねやっていうやつで。

マスコミってえぐい仕事やなって思ったりもしたけど、でもそれってやっぱり仕事で。

それがなかったら生きていかれへん人もいるわけやから。

 

 

 

でもそれが成立してることが異常で。それを当たり前に受け止めてる自分もいて。

異常なはずやけど、でもそのあとは当たり前にテレビみたり映画見たりもしてるわけで。

相手の全部を否定することがこんなにも自分に跳ね返ってくるんやって。

否定は攻撃、じゃなくて自分に対して楔を打ち込む行為に他ならないんやって。

 

 

 

でもそれが意外に嫌いじゃなくて。それをしっかりと受け止めていることに自分はちょっと誇らしさを感じたりもして。

そもそもそんな風に自分を苦しめることが、ああ生きてるんやって思って。

不謹慎やけどっていう言葉で逃げたくもなくて。逃げることが悪いわけでもないけど。

不謹慎っていうのは誰かのモラルに照らし合わせたものやから、それを安易に認めるのもちょっと癪やなって思いもあって。

やっぱり自分が一番なんやなって。自分さえ良ければいいんやなって。

存在してるのはやっぱり自分で。それ以上でも以下でもなく自分で。

 

 

 

だから結局は自分の見てるもの、聴いてるもの、感じてること、口に出した言葉が全てで。それ以外に価値を置く必要もなくて。

価値を見出すことはいいけど、無理に何かに価値を求める必要はなくて。

自分が自分であることを、自分が感じたことを擁護できる力があればいいと。

そして願わくばそれを一緒に擁護してくれる人が少なくてもいればいいと。

 

 

 

 

好きな音楽聴いて、好きな本読んで、好きなだけ笑って。

あれすげー、これすげーっていうのが一番すごいことやって。

 

 

 

 

感傷的な気分でもなくて、ただ素直な人間のお話でした。

 

 

 

 

 

 

 

おしまい。